息子には左右ともに乳首がない。
陥没というのか、それがあるべき場所には
針で突いたような穴がポツンとあいているだけだ。
彼はとてもそれを気にしていて、
いつも私に苦情をいう。
そう言われてもね。
こういうものは希望通りにはいかないものさ。希望通りにできるなら君の母親は石原さとみの顔をしているし、
君も神木隆之介くんのような感じで生まれてきているだろう。
友達にも不思議がられるから、
体育の時間で着替えるときなどはいつも隠しているのだという。
修学旅行でも見られないよう苦労したらしい。
気持ちはわかるが、わたしだって別に細部に手を抜いて
つけ忘れたわけではないのだ。
全身全霊をこめて作った結果がこれなのだ。
だから
多分ね。
それでもクレームはやまなかった。
そこでメーカーとしては責任転嫁を試みる。
「ちょっと待って。そんなに文句をいうんなら、こんな可能性もあるかもよ?」
これでどうだ?と思ったが、
まだまだ息子の気持ちはおさまらないようだった。
「忘れものなら、届けてくれ。今出してくれ」と
騒ぎたてる。
今度は遺失物係となって説得を試みたが、
諦めさせることはできなかった。
息子だっていまさら
私が乳首だけをプリプリっと二つ産み落とすわけがないのは分かっているはず。
それでもこんなに騒ぐのは、
よっぽど気にしているということなのだろうと少し可哀想になった。
息子も11才。
外見や周りからの視線を過剰に気にして、
自分と人との違いに敏感になる年頃なのだ。
そんな時、
横で聞いていたジョニーさんが加勢してくれた。
「Tシャツに響くのがいやだ、とか
ジョギングで擦れるからという理由で。」
それでこの時はなんとなく息子も納得して引き下がり、
この話はこれで終わったものと思っていた。
が、その日の夜
布団に入った息子に「おやすみ」を言いに行くと
息子がしみじみとこう言った。
「後から出てきたコケシちゃんが、
僕が乳首を置き忘れたのに気づいて持って出てきてくれたら良かったのにねー。」
聖人とか偉人とかが
「生まれながらにその手に石とか針とか握っていた」っていう伝説は聞いたことあるけど
乳首を握って生まれてくるって
聞いたことないよな、と考えたら
思わず笑ってしまった。
多分握っていたら捨てていたと思う。
だから結局どうやっても彼のもとに乳首は届かないのだ。
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諦めてくれ、息子よ。
乳首はなくとも、君が強く優しく生きていってくれることを
母は望んでいる。