まだおばあちゃんが元気だった頃、
実家の隣には小さな鉄工所があった。
一階の半分が作業場
残り半分と2階が住居になっていて
80歳のおじさんが一人でやっている小さな小さな工場。
日中は多少金属のガチャガチャいう音こそ聞こえてくるが、
こちらの生活に差し障るほどのものではなかったし、
おじさんは多少言葉は荒かったが、面倒見もよく親切で
隣人関係も良好だった。
色々と声をかけ、助けてくれることもあった。
とてもその年齢には見えない若々しいおじさんだった。
特におばあちゃんに認知症の症状が出始めてからは
おばあちゃんのことを何かと気にかけてくれていた。
「今日はテレビの音が聞こえないけど
おばあちゃん出かけてるのかい?
大丈夫かい?」
と気にしてくれたり。
私も既に家を出ていて、
両親も仕事があり
なかなか日中おばあちゃんのことを気がけてあげられる人がいなかったので
ありがたく思っていた。
そんな中、おばあちゃんの認知症は進み、被害妄想の症状が強く出るようになった。
嫁であるうちの母がおばあちゃんのお金を取るというのだ。
その犯人が母だとおばあちゃんは涙を流して訴えた。
恐らくは自分で使ったのを忘れているか
もしくはしまい込んだ場所がわからなくなっているのだろう。
被害妄想は身近にいる人に向けて発現することが多いらしく、
病院の先生にも相談したが、
「よくあることなんですよねー」とため息をつかれたのみ。
何の対策も取れなかった。
母は傷つき、
父はそんな訳ないだろうとおばあちゃんを怒り、
おばあちゃんは子どものように泣いた。
そんなある日、夜中におばあちゃんの部屋から大きな音がした。
慌てて皆が駆けつけると
おばあちゃんが頭から血を流して倒れていた。
すぐに110番をした。
警察が来て玄関や床など
写真をとり、色々と調べてくれた。
何も出なかった。
玄関の鍵をこじ開けた形跡もなければ
窓ガラスが割られたりもしていなかった。
泥棒はだいたい土足で中まで入ってくるので
室内に靴跡が残ったりするものだというが
靴跡の一つも発見できなかった。
そして何も盗まれてはいなかった。
警察の聴取におばあちゃんは答えた。
警察官はちょっと笑って言った。
「もしかしたらおばあちゃんの夢かもしれないよ。
いまどきほっかむりの泥棒なんて漫画の中にしかいないよ。」
警察は私たち家族にも言った。
「おばあちゃんは妄想と現実の区別がつかなくなってしまっているのかもしれませんよ。
一応見回りを強化しますが、
お家の方でもおばあちゃんとお話してみてくださいね」
私たちも正直おばあちゃんの妄想なのかもしれない、と思った。
でもおばあちゃんが向き合った恐怖は本物なのだろうとも感じた。
そこで私たちは家中に防犯カメラを設置した。
そして玄関の鍵も取り替えた。
玄関の鍵を替える際にはまた隣のおじさんが来て手伝ってくれた。
おばあちゃんも少し安心したようで、笑顔を見せてくれた。
それからしばらくは穏やかな日々が続いた。
実家は二世帯住宅で、
1階がおばあちゃんの住居スペース、2階はわたしの両親が住んでいる。
普段は別々に生活しているが、夕飯の時はインターホンでおばあちゃんを呼び
一緒に食卓を囲む。
ある日おばあちゃんが夕飯の時に「入れ歯を1階に忘れてきた」と言った。
「ご飯だってのに、歯を忘れちゃ食事ができないねー」っと笑って父が一階に取りに戻った。
そこで会ったのだ。
隣のおじちゃんだった。
父は驚き、怒り狂ったが
温厚なで喧嘩の経験のない父は
こういうときどうしたらよいかわからず
ただおじさんの肩をドン!と押し
「なんだ、おまえは!」と言った。
それじゃ志村けんみたいだよ。
母はおじさんの奥さんである隣のおばさんとも10年以上仲良く付き合っていたので、
とっさに警察にも連絡できず
隣のおばさんを呼んできた。
おばさんと乳飲み子を抱えた娘さんが飛んできて
玄関で土下座をした。
結局私たち家族は警察に連絡をできなかった。
しばらくしてお隣さんは30年来の家を売り、
どこかへ引っ越していってしまった。
時々思い出す。
お母さんがとったと言われたおばあちゃんのなくなったお金、
あれもおじさんが抜いていたのかな?
おじさんは玄関に挿しっぱなしの鍵から合鍵を作って持っていたのかな?
新しい鍵をつけ直すのを泥棒に手伝ってもらうなんて、私たちはなんて不用心だったんだろう。
おばあちゃん怖かっただろうな。
信じてもらえなくて悲しかっただろうな。
あのおじさんは元気なんだろうか?
泣きながら引っ越していったおばさんはお元気なのだろうか。
一周忌こそ春休み中に前倒して行ったが、
今日がおばあちゃんの命日。
亡くなってからちょうど一年が経つ。
今日はおばあちゃんの思い出を語り合おうといって話していたら
この話題が出てきたので書いてみた。
皆さんもお家の戸締りには気をつけて。
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