帰省中、実家での出来事。
お盆に法要をお願いしたので
お寺からお坊さんが来ることになっていた。
私も家族も普段はあまり信心深い方ではないが
夏休みに遠方から家族が集って
先祖に思いを馳せる
このお盆というシステムは
なかなかいいな、といつも思う。
亡くなったおじいちゃんやおばあちゃん。
大好きなことには変わりはないのに、
日々の忙しさに紛れ、どうしても普段は思い出すことが少なくなった。
良くも悪くも時は流れて、
記憶は少しずつ淡く薄れ、溶けて消えていく。
本当にお盆に亡くなった人が戻ってきているのかどうかはわたしにはよく分からないが、
この時期少なくとも思い出が蘇るのは確かだ。
そうねー。
というわけで、普段は不信心な私たちも
お墓参りに行き、
仏間を清め、仏壇を整え
お坊さんのくるのを待っていた。
法要の約束は朝の8時半。
約束の時間ぴったりに
玄関のチャイムが鳴った。
戸を開けると
そこには驚くほど若い
男の子と呼びたくなる年齢のお坊さんが立っていた。
どうやらいつもお願いしているご住職は
お盆であちこち呼ばれて忙しく、
我が家にはご住職の息子さんが派遣されてきたらしい。
岡田くんは子犬のように震えながら言った。
「そ、そうでしたか。いつもご住職にはお世話になっております。」
聞くと岡田くんはお坊さんになるための学校で仏教を学ぶ20歳の大学生。
得度式なるものを済ませているので、
もうれっきとした僧侶ではあるらしい。
暑い中いらしていただいたお礼を言って
家の中にお通し、冷たいお茶をお出しすると
岡田くんは心細げにキョロキョロしながら
仏間にあがり、
用意されていた座布団に座り、黙りこんだ。
お坊さんが仕切ってくれるのかなと岡田くんの言葉を待つ私達と
誰か助けてくれる人はいないかとすがる目でこちらを見つめる岡田くん。
辺りに張り詰めた空気が流れ
岡田くんは俯いてしまった。
「そ、それでは皆揃いましたので、どうぞよろしくお願いします。」
慌てて母がそう促すと
岡田くんは震える声でお経を読み始めた。
まだ幼さの残る揺れるお経を聞きながら
私は思い出していた。
初めてりんごの皮むきをした日のことを。
手を切ってしまいそうで、包丁がこわくて・・
母に見守られながら
おっかなびっくり剥いたりんごは
デコボコで温かくなってしまったけれど
家族は美味しい美味しいと食べてくれた。
初めて患者さんの歯を削った日のことを。
手が震えて、緊張と恐怖で
私も患者さんも汗びっしょりになった。
院長自らバキュームを握り、介輔につきながら
傍らからアドバイスをしてくれた。
小一時間もたっぷり時間をかけてインレー形成をして
顎も疲れただろうに患者さんは笑顔でありがとうと言ってくれた。
あの時の患者さんもこんな気持ちだっただろうか。
初めて一人で車の運転をした日のことを。
右折ができなくて、車線変更もできなくて、なかなか思うところにたどり着けなかった。
助手席に座った父と会話を交わす余裕もなく、
終始ワーワー騒いでいたような気がする。
岡田くんの危なっかしいお経を聞きながら、
私は今までに経験した色々な始めての瞬間を思い出し、
そしてなんだか胸が熱くなっていた。
私も誰かにこうやってハラハラしながら見守られてここまで来たのだ。
そして今この瞬間もハラハラしながら
誰かに見守られているかもしれないのだ。
がんばれ・・!しっかり・・!
岡田くんは途中リンを鳴らすことも忘れ、
ただひたすらに一生懸命お経を読んでくれた。
読経が終わると、いつもの住職さんであれば軽い法話などをされるが
岡田くんはただひたすらに澄んだ瞳で
あたりを見回しておられたので
居間に移っていただき、
母の仕切りで、
皆で岡田くんのキャンパスライフの事などを
聞きながらお茶を飲んだ。
大役を果たした安堵から、少し緊張の緩んだ岡田くんは色々な話をしてくれて、
私達は楽しいひと時を過ごした。
彼はこれからきっとたくさんの人の悲しみの瞬間に寄り添っていくのだろう。
そしてドンドン経験を積み、
苦しみのただ中にある人々を救い、癒すような
素敵な僧侶になっていくのだろう。
思いがけず若者の最初の一歩に立ち会って
今までに未熟な自分のチャレンジに付き合ってくれた様々な人、
見守ってくれた多くの人を思い出し、
感謝の気持ちを新たにした出来事であった。
私も頑張る。
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